【理学療法士の疫学:記述疫学】転倒件数が減った。対策は本当に効いた?

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転倒件数が減った。対策は効いた?

今月は、医療事故防止強化月間です。
病院全体で、転倒予防の呼びかけや注意喚起が行われました。

環境整備の再確認、声かけの徹底、記録の見直し
いつもより少し、意識が高まっています。

その結果、
先月は20件あった転倒事案が、今月は8件に減りました。

会議では、「取り組みの成果ですね」という声も出ています。

この数字の変化をもって、今回の転倒予防策が転倒を減らしたと言ってよいのでしょうか?

「数字が減った=対策が効いた」は、一番やりがちな早合点です。

疫学からの視点

まず中身を見ないと始まらない。

この場面でも、直感的な因果の結び付けが起きています。

対策をした→件数が減った→効果があったはずだという流れです。

ただし、ここでも疫学は立ち止まります。
件数の増減だけでは、因果は判断できません。

なぜなら、「20件」と「8件」は、
中身がまったく違う可能性があるからです。

夕暮れ時に、同じ病棟で、
同じ患者さんが複数回転倒していた。
この場合、件数は多く見えますが、
問題は「特定の人・特定の時間・特定の場所」に集中しています。

一方で、

大量採用された新人PTが、
6月頃にそれぞれ1回ずつ転倒に関与していた
場合。
件数は同じでも、意味はまったく違います。
教育体制や経験不足という構造的な課題が浮かびます。

このように、
何件あったか」だけを見ても、
何が起きていたのか」はわかりません。

疫学では、まず
Time(いつ)
Place(どこで)
Person(誰が)

の3点で状況を整理します。

これは、効果を否定するためではありません。
評価に進む前の、地図を描く作業です。
地図なしで因果を語ると、ほぼ確実に道を間違えます。

今日の新キーワード:記述疫学(きじゅつえき学)

記述疫学とは、起きている現象の分布を整理することです

記述疫学は、
「なぜ起きたか」を最初に問いません。
いきなり原因探しに入らず、まず事実を並べます。

具体的には、
いつ起きているのか」
どこで起きているのか」
誰に起きているのか」
この3点を、基本情報として整理すると解像度がぐっと上がります。

転倒が本当に減ったのか?

夕方や夜間といった特定の時間帯が変わったのか。
特定の病棟や場所に偏りはないか。
同じ患者さんが繰り返していないか。
どの疾患や年齢の患者さんが転倒しているのか?
関与している職種や担当者は固定されていないか。

ここを見ずに件数だけを見ると、
「減ったように見える」現象に簡単に騙されます。

記述疫学は、
数字の増減を見る前に、「同じ出来事を数えているのか」を確認するための道具です。

一度、表やグラフにまとめてみると、よりよく状況を把握できるでしょう。

この整理ができて初めて、
「今回の対策が、どこに効いた可能性があるのか」
「効いていない部分はどこか」

という問いが立てられます。

記述疫学は、結論を出すための学問ではありません。
因果推論に進んでよいかどうかを判断する、最初の関門です。

そのままの分布を見て仮説を立てることもできますし、
状況によっては、因果を証明する前に対策につなげることもあります。

どちらに進むにせよ、記述疫学は判断の出発点になる重要なステップです。

記述疫学は、地味ですが強力です。
派手な結論は出しませんが、間違った結論に進むのを防ぐ
そして、次の一手を「雑にしない」ための、最初の足場になります。

 まとめ

件数の増減だけでは、対策の効果は判断できません。

・まずは Time・Place・Person で「何が起きていたか」を整理します。

・明日からは、数字を見る前に「中身は同じか」を確認してみてください。

 

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