【理学療法士の疫学:リスク】テレビで紹介された「フレイルのリスク30%増」は何を意味する?

目次

朝の情報番組での、よくある光景

朝の情報番組を、なんとなく流し見しているときでした。
スタジオには、メディアでよく見かける有名な医師。

司会者が、少し身を乗り出して聞きます。

「先生、最近よく聞く“フレイル”って、
放っておくとどうなるんですか?」

注釈:フレイルとは

フレイルとは、病気そのものではなく、
加齢にともなって体力や活動量、認知・社会的機能が低下し、
健康と要介護のあいだにある不安定な状態
を指します。
筋力低下や体重減少、疲れやすさ、活動量の低下などが重なって現れます

医師は落ち着いた口調で、こう答えます。

「フレイルの方はですね、
寝たきりになるリスクが30%高くなると言われています。」

スタジオが、一瞬静かになります。
画面の端には、
『寝たきりリスク30%↑』
という大きな赤字のテロップ。

司会者が、すかさず続けます。

30%も……!それは怖いですね」

医師はうなずきながら、こう締めます。

「ですから、フレイル予防がとても大切なんです

話題は、そこで一気に切り替わります。

「では先生、今日からできるフレイル予防を教えてください!

画面が変わり、実践編が始まります。

・たんぱく質をしっかりとる食事
・毎日できる簡単な体操
・イスに座ったままできるスクワット

「わー、これならできそうですぅー!」

安心感のある内容です。

ただ、見ていて、かなり引っかかりました。それが、「寝たきりリスク30%増」
という言葉です。

30%増と聞くと、大きな数字に感じます。
怖くなって、「やらなきゃいけない気がする」そんな気持ちにもなります。

「たかが30%?私には関係ない」という見方もできます。

寝たきりリスク30%増を回避するために、
テレビの前の私たちは従うべきでしょうか?

いいえ。

この情報だけでは「リスク30%増」は全く意味を持ちません。

リスクに必要な前提条件が、ほとんど示されていないからです。

疫学の視点から

期間のわからない「リスク」には付き合えない

リスクとは、単に
「起きやすさ」
「危なさ」
を感覚的に表す言葉ではありません。

疫学でいうリスクは、
きちんと定義された数量的な概念です。

基本は、次の形で表されます。

リスク = ある観察期間内に、
ある出来事が新たに起きる確率

計算の考え方はシンプルです。

リスク = 観察期間中に新たに発生した人数 ÷ 観察人数

ここで重要なのは、
必ず「観察期間」がセットになっているという点です。

1日なのか、1年なのか、5年なのか、100年なのか。
期間が変われば、同じ出来事でもリスクの値は変わります。
(100年観察すれば、いずれ寝たきりの相を経験するでしょう。)

だから疫学では、期間が示されていないリスクは、
定義が完成していない
と考えます。

この前提があるからこそ、
「寝たきりリスク30%増」という表現に、
違和感を持つ意味が出てくるのです。

つまり、解釈が無限に広がる数字になってしまいます。
(期間を任意に設定すれば、30%増を意図的に作ることも!)

「リスク増」を単独で使うと、意味が消失する

テレビ番組の説明を、あらためて整理すると、こうなります。

「フレイルの人は、
寝たきりになるリスクが、それ以外の人より30%多い」

一見すると、とても分かりやすそうです。
でも、この文章には、決定的に抜けている情報があります。

それが、

「一般的に、寝たきりになる人が何%いるのか」
という前提です。

抜けているのは「元のリスク」

「30%増」という言葉は、
元になる割合(○%)があって、初めて意味を持ちます。

ところが番組では、
その○%が一切示されていませんでした。

この○%がいくつなのかで、
「30%増」が意味する人数は、まったく変わります。

%が1%だった場合

仮に、
一般的に寝たきりになる人が1%だという世界があったとします。

1000人いれば、
寝たきりになるのは 10人 です。
ここから「30%増」と言われた場合、

  • 10人の3割 = 3人

つまり、

  • 一般:1000人中 10人
  • フレイル:1000人中 13人

増えるのは、3人分です。

%が30%だった場合

一方で、
一般的に寝たきりになる人が30%の世界があったとします。
話はまったく変わります。

1000人いれば、
寝たきりになるのは 300人
ここから「30%増」となると、

  • 300人の3割 = 90人

つまり、

  • 一般:1000人中 300人
  • フレイル:1000人中 390人

増えるのは、90人分です。

元の条件が違うと、同じ「30%増」でも、意味はまるで違う

どちらも、言葉としては同じ
「寝たきりリスク30%増」です。

でも実際には、1000人中

  • 3人増える話なのか
  • 90人増える話なのか

で、受け取る重さはまったく違います。

元のリスク(○%)が示されていない30%増は、
何人の話なのかが分かりません。

この数字だけでは、不安になる理由にも、行動を変える根拠にもなりません。

条件が書かれていない数字は、
強そうに見えても、まだ意味を持っていません。

 「集団の定義」がわからないのに、判断できない

テレビでは、よく
「高齢者では」
「高齢の方は」
と一括りにした表現が使われます。

でも、ここで一度立ち止まる必要があります。

その“高齢者”、
65歳と95歳を混ぜていませんか?

65歳と95歳は、同じ「5年」でも意味が違う

65歳であれば、
5年後も元気に歩いている人は珍しくありません。

一方、95歳であれば、
5年のあいだに寝たきりになる人が多くても、
それは不思議な話ではありません。

つまり、

年齢そのものが、
寝たきりになるリスクを大きく左右している

ということです。

年齢が混ざったまま比べると、何が起きるか

ここで問題が起きます。

もし、

  • フレイルの人に 95歳が多く
  • フレイルでない人に 65歳が多い

そんな集団を、そのまま比べたらどうなるでしょうか。

これは、特別な状況ではありません。
高齢になるほど、フレイルと判定される人が増えるのは、
ごく自然なことだからです。

つまり、

年齢が高い集団ほど、フレイルの人が多くなりやすい
という前提が、最初からあります。

この状態で、年齢をそろえずに比較すると、結果はほぼ確実にこうなります。

「フレイルの人のほうが、寝たきりが多い」

でも、この差は本当に
フレイルの影響でしょうか。
それとも、年齢の影響でしょうか。

高齢であること自体が、
寝たきりリスクを高めている可能性を、
この比較では切り分けられません。

このままでは、
フレイルの効果と年齢の効果が混ざったままです。

だからこそ、
「フレイルだから寝たきりが増えた」
とは、まだ言えません。

    この状態で、年齢をそろえずに比較すると、結果は簡単に動いてしまいます。

    評価集団に高齢の人が多く含まれていれば
    寝たきりは多く見え、
    フレイルの影響は大きく見えます

    評価集団に比較的若い人が多く含まれていれば、
    寝たきりは少なく見え、
    フレイルの影響は小さく見えます

    つまり、

    どの年齢層を多く含めたかによって、フレイルの影響は、
    大きくも小さくも見えてしまう。

    このとき起きているのは、

    フレイルが効いたり、効かなかったりしたのではなく、測定している年齢層が違った

    というだけです。

    年齢をそろえないまま比べる限り、
    この差がフレイルの影響なのか、
    年齢の影響なのかは、切り分けられません。

    年齢を定義しない解析では、
    数字は過大にも、過小にも振れてしまう。

    だからこそ、
    「高齢者では寝たきりリスクが30%増」
    という表現だけでは、
    その30%が何を表しているのか、判断できないのです。

    つまり、

    「高齢者」を定義しないまま解析すると、年齢構成しだいで、30%にも50%にも見える数字が出てしまう。

    これはデータ操作の問題ではなく、
    設計の問題です。

    まとめ

    このテレビの「30%増」には、
    三つの大事な情報が欠けています。

    ・観察期間が示されていない
    ・元のリスクが示されていない
    ・集団(年齢)の定義が示されていない

    数字は出ています。
    でも、判断に使うための条件が、そろっていません。

    条件が書かれていないリスクは、正しそうに見えても、まだ意味を持っていないのです。

    だから大切なのは、
    数字を信じるかどうかではなく、
    その数字が、どんな条件の上に立っているかを確認することです。

    この違和感を持てるかどうか。
    それが、情報に振り回されずに判断するための、
    いちばん大事なポイントだと思っています。

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