臨床研究は、いちばん困っている人を外していないか?

 臨床研究では、効果を正確に確かめるために、対象者を絞り込むことが必要な事があります。

ただ、、

“正確に確かめる”という正義が、研究からこぼれる人を生むことがあります。
条件を整えすぎると、現場でいちばん困っている人ほど研究の外に置かれてしまうという別の問題が生じます。

 私は、これはリハビリでの臨床研究を考えるうえで見過ごしてはならない重要な論点だと思っています。

 臨床研究は、いちばん困っている人を外していないか。
今回は、なぜそのようなことが起こるのか、そして近年の動向を踏まえ、これからの研究で何を意識すべきかを整理します。

目次

“脆弱だから除外”から、“安全に含める”へ

 近年、臨床研究の世界では、妊婦や授乳婦・小児を一律に研究から外すのではなく、必要な場合には追加の保護をかけたうえで組み入れる方向へ少しずつ動いています。

 象徴的なのが、2025/06 に公表された ICH E21 の案で、妊娠中・授乳中の人を対象とした臨床試験への組み入れについて、すべての医薬品で原則として検討すべきという考え方が示されました。

 「脆弱だから外す」ではなく、「必要な人に必要な根拠を残すために、どう安全に含めるかを考える」方向へ、国際的な議論が進んでいます

New guideline on inclusion of pregnant and breastfeeding individuals in clinical trials | European Medicines Agency (EMA)

研究は、なぜ「困っている人」を外しやすいのか

 研究では、対象者をある程度そろえた方が結果を比較しやすくなります

・年齢が近い
・重症度がそろっている
・説明が通る
・通院できる
・評価に協力できる

 研究で対象者の条件をそろえるのは、見た目の整ったデータを集めるためではなく、
因果関係をできるだけ正確に捉えるためでもあります。

 こうした条件がそろうほど、目的とする曝露や介入の影響を、他の要因と切り分けて評価しやすくなります。

研究からこぼれやすいのは、現場でいちばんよく出会う人たち

 反対に、現場でよく出会う次のような人たちは、研究では扱いにくくなります。

  • 認知機能が低下している
  • 失語や高次脳機能障害がある
  • 重症で介助量が大きい
  • 合併症が多い
  • 気分の落ち込みや不安が強い
  • 家族支援や生活環境が複雑
  • 継続的な通院や追跡が難しい

 こうした人たちは、臨床では珍しくありません。むしろ日常です。

 それなのに研究では、「評価が難しい」「脱落しやすい」「解釈が複雑になる」といった理由で外されやすい。

その結果、研究には“参加しやすい人”が集まり、臨床には“本当に支援が必要な人”が残るという、ねじれが起こります。

きれいな研究ほど、現場から遠ざかることがある

 これは、研究者が悪いという単純な話ではありません。

 研究には、まず内的妥当性が必要です。

内的妥当性:観察された結果が、交絡やバイアスではなく、目的とする介入や曝露によって生じたと考えられる程度のことです。

 つまり、「本当にその介入の効果なのか」を、できるだけきちんと見極める必要があります。そのためには、余計なばらつきを減らしたくなる。これはとても自然な流れです。

 ただし、ここに落とし穴があります。

 ばらつきを減らしすぎると、現実が削られるのです。

リハビリの現場は、そんなに単純ではありません。

同じ脳卒中でも、

・麻痺の重さが違う。
・認知機能が違う。
・家族の支援力が違う。
・栄養状態が違う。
・住環境が違う。
・仕事や役割も違う。

 私たちは、その複雑さの中で日々支援しています。

 ところが研究になると、その複雑さが“ノイズ”として切り落とされることがある。すると、論文上はきれいでも、現場で読むと「この患者さんには当てはめにくいな」と感じるわけです。

外されやすいのは、どんな人か

1. 認知機能が低い人

 認知症、せん妄、高次脳機能障害、失語などがある人は、研究から除外されやすい傾向があります。

 理由としては、説明の理解が難しい、指示が伝わりにくい、評価尺度にうまく乗りにくい、長期の追跡が難しい、といった点が挙げられます。

 ただ、現場ではどうでしょうか。むしろ、そこが主戦場です。

 認知機能の低下やコミュニケーションの難しさを抱えた人は、リハビリの現場では決して例外ではありません。

にもかかわらず、こうした人を研究から外し続けると、「理解力が保たれ、評価にも協力的な人には効いた」という、たいへん行儀のよい結論だけが残ります。

 それでは、現場の複雑な患者像とはどうしてもズレてしまいます。

2. 重症者

 重度片麻痺がある人、ADL障害が強い人、全身状態が不安定な人、併存症が多い人は、研究から除外されやすい傾向があります。

 安全面への配慮が必要であり、途中で脱落するリスクも高くなりやすいためです。

 その結果、研究の対象は、比較的状態の安定した中等症の人に偏りやすくなります。すると、介入の効果は見えやすくなり、結果もきれいにまとまりやすくなります。

ただし、その一方で、本当に多くの支援資源を必要とする重症者に、その結果をどこまで当てはめてよいかは分かりにくくなります。

 つまり、重症者に対する外的妥当性が低下しやすいのです。ここが厄介なところです。

3.小児・超高齢者

 小児は、発達段階によって心身の反応が異なり、評価法にも特有の工夫が必要です。
 一方、超高齢者では、フレイル、併存疾患、多剤併用、家族支援や生活環境の影響が大きくなります。

 そのため、どちらの集団も研究としては扱いづらく、対象から外されやすくなります。

この層こそ日常的に向き合う対象であるにもかかわらず、こうした人たちの研究参加が限られると、

現場で最も多く出会う患者層ほど、根拠が薄いままになってしまいます。

4.精神心理面が不安定な人

 うつ、不安、意欲低下、疼痛破局化、疲労、社会的孤立。

 これらはリハビリ効果に強く影響しますが、研究ではノイズとして扱われがちです。

 その結果、心理社会的に安定した人だけで試験が行われる。でも実際には、身体機能だけでなく、気分、家庭、仕事、経済状況が介入効果を左右します。

 除外すると、「身体だけの世界」の研究になり、生活者としての患者が消えます。

5.同意や継続参加が難しい人

失語がある人、認知障害がある人、家族の支援を必要とする人、長期追跡への参加が難しい人も、研究から除外されやすい集団です。

 説明や同意の手続きに工夫が必要であり、研究参加を継続してもらうための支援も求められるからです。

 ただ、本来は対応できることも少なくありません。

・説明方法を工夫する
・家族に同席してもらう
・支援付きで同意を進める
・必要に応じて代諾を用いる
・訪問や電話で追跡する

 こうした工夫によって、参加のハードルを下げられる場合があります。

それにもかかわらず、「難しいから除外」で済ませてしまうと、研究は少しずつ“参加しやすい人専用”になっていきます。

 その結果、現場で本当に支援を必要とする人ほど、研究の外に置かれやすくなります。

6. 併存症が多い人

 現実の患者さんは、単独の疾患だけを抱えて来るわけではありません。

 糖尿病、心不全、COPD、腎機能低下、骨粗鬆症、疼痛、栄養障害。実際には、複数の問題をあわせ持っていることがほとんどです。
 しかし研究では、交絡や安全性の問題から、こうした人たちは除外されやすくなります。

 その結果、研究で分かるのは、ある程度単純化された患者像に対する効果に限られやすくなります。

だからこそ、現場で論文を読んだときに、「この人にも本当に当てはまるのだろうか」
という迷いが生まれます。

 これらに、研究と臨床の距離があります。

測りやすいものだけを追うと、生活が消える

 リハビリ研究では、歩行速度、FIM、BI、握力、ROMなど、測りやすい指標がよく使われます。

 これらは大切です。客観性があり、比較しやすく、再現性も高い。

ただ、患者さん本人にとって大事なのは、それだけではありません。

  • 家でトイレに間に合うか
  • 一人で買い物に行けるか
  • 疲れすぎずに一日を過ごせるか
  • 仕事に戻れるか
  • 家族に迷惑をかけすぎずに暮らせるか
  • 不安なく生活を続けられるか

 こうしたことは測りにくい。だから研究では後回しになりやすい。

 でも、当事者にとって重要なのは、むしろこちらが重要です。

 研究者が測りやすいものと、患者さんが取り戻したいものは、必ずしも一致しません。

 ここにズレが生まれると、研究は正確でも、支援としては少し空回りします。

家族や環境を抜くと、現場の半分を見落とす

 リハビリは、本人だけで完結しません。
家族、介護者、住環境、職場、地域資源。

 こうした要素が結果を大きく左右します。

 自主トレが続くか。転倒予防ができるか。通院が継続できるか。退院後の生活が破綻しないか。その多くは、身体機能だけでは決まりません。

 それなのに研究では、本人の機能変化だけを主役にしがちです。

 すると、介入の効果なのか、環境の影響なのかが曖昧なまま、「効いた」「効かなかった」と語られてしまうことがあります。

 生活の再建は、身体機能だけでは決まりません。
ここを落とした研究は、リハビリの重要な半分を見逃してしまいます。

では、どうすればいいのか

 ここで大事なのは、「条件をそろえた研究はダメだ」と言いたいわけではない、ということです。

 安全性への配慮は必要ですし、まずは効果を見えやすくする設計も重要です。ただ、そこで止まってしまってはいけません。

 我々は、その先に進む必要があります。

参加しにくい人を、最初から諦めない

 認知機能の低下や失語があっても、そこで直ちに除外を選ぶ必要はありません。

・説明方法を工夫する
・家族の同席を前提にす
・評価法を調整する
・支援付きで参加できる方法を探る

そうした工夫によって、研究参加の可能性が開ける場合があります。

 大切なのは、「難しいから除外する」ではなく、「どうすれば参加できるか」を起点に考えることです。

重症者や複雑症例を、後ろに追いやりすぎない

 初期の研究では、安全性や効果の見えやすさを考えて、対象をある程度限定することはあります。
それ自体は、必ずしも間違いではありません。

 ただし、その後もずっと軽症や中等症だけで研究を進めてしまうと、現場での意味は少しずつ薄くなっていきます。

重症者、併存症のある人、高齢者、認知機能が低下している人。

 こうした人たちも、どこかの段階で意図的に研究へ組み込んでいく必要があります。

患者にとって意味のあるアウトカムを入れる

 歩行速度やADLのような機能指標は、もちろん重要です。ただ、それだけでは、患者さんにとって本当に意味のある変化を十分に捉えきれないことがあります。

 たとえば、

・生活参加
・本人が達成したい目標
・介護負担
・不安
・疲労
・復職

 こうした要素もあわせて評価してはじめて、介入の価値が見えてくる場面があります。

 機能評価だけでは、リハビリの価値を十分に語れません。患者さんの生活に何が起きたのかまで見にいくことを考えていきましょう。

家族や環境も“背景”ではなく“構成要素”として扱う

 リハビリの結果は、本人の能力だけで決まるわけではありません。

・誰と暮らしているのか
・どのような支援があるのか
・どんな環境に戻るのか。

 こうした要素は、退院後の生活や介入の成否に大きく関わります。

 そのため、家族や生活環境を単なる“背景情報”として扱うのではなく、研究や支援の中に組み込んで考える必要があります。

まとめ

 リハビリ研究では、評価しやすい人、参加しやすい人、追跡しやすい人が集まりやすくなります。

 その結果、いちばん困っている人ほど、研究からこぼれやすくなります。

 でも、リハビリの本質は、整った条件の中だけにあるわけではありません。

 むしろ、複雑で、揺れていて、生活の事情を抱えた人をどう支えるか。そこにこそ、リハビリの本当の難しさと価値があります。

だからこそ、問い直したいのです。

その研究は、本当に現場でいちばん困っている人を見ているか。

 これは、いま世界の臨床研究でも重視されつつある視点です。

 近年は、これまで「守るために除外されやすかった人たち」を、どう安全に、どう適切に研究へ含めるかが大きなテーマになっています。

この流れは、リハビリ研究にも通じるはずです。

 守るため、あるいは研究を成立させるために対象を絞ること自体は必要です。

 しかし、その結果として、現場でいちばん支援を必要とする人が研究の外に置かれ続けるなら、その根拠は誰のためのものなのか、改めて考え直す時期がきています。

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