【理学療法士の疫学:確証バイアス】経験とエビデンス、対立している時点で負けている

目次

ベテラン vs 若手。症例検討会で起きがちな、あの空気

リハビリ病院の勉強会や学会で、よく見かける光景です。

3年目のセラピストが、担当している患者さんの症例を発表します。
介入内容、経過、評価指標。数字もそろっています。

ガイドラインでは、この方法が推奨されています」
「最近では、このアプローチがトレンドです」

「実際に、ここまで良くなっているので、退院までの見立てはこうです!」

すると、20年以上の臨床経験を持つベテランが口を開きます。

「いや、それはさすがに見立てが甘すぎじゃない?」
私の経験からすると、このタイプは、そこまでの改善は難しいんじゃない?」

場の空気は、どこか重くなります。

経験か、エビデンスか。


最終的に議論は深まらないまま、時間切れで終了しました。

一般的に考えて、どちらが正しいのでしょうか。

ベテランの直感でしょうか。
それとも、若手が示した最新のエビデンスでしょうか。

その議論、ちょっとズレています

その議論、正しさを「年数」か「流行」で決めにいっている時点で、少し危ないです。

    疫学視点で考える

    この場面で起きているのは、
    ベテラン vs 若手の対立ではありません。

    それぞれが「自分にとって納得しやすい根拠」に寄ってしまっている状態です

    ベテランは、長年の臨床経験から
    「このタイプは良くならない」という実感を持っています。


    若手は、ガイドラインや最新研究という
    「集団として効果が示された方法」を根拠にしています。

    どちらも、部分的には正しいです。
    ただし、どちらも決定打にはなっていません

    なぜなら、

    ガイドラインやエビデンスは
    「ある条件を満たす集団で、平均的に効果があった」結果にすぎません。


    目の前の患者さんに、そのまま当てはまる保証はありません。

    一方で、

    経験や感覚だけに頼ると、
    それが本当に治療の効果なのか、
    それとも自然経過や偶然なのかを検証できません。

    疫学は、ここで一度立ち止まります。

    治療患者の反応結果
    この道筋を、言葉とデータでつなぎ直す視点です。

    「誰が言ったか」ではなく、
    「なぜそう考えたのか」「どこまで説明できているのか」。

    そこに光を当てます。

    今日の新キーワード「確証バイアス」

    確証バイアス:「自分がすでに正しいと思っている考えを裏づける情報だけを集め、それに反する情報や都合の悪い事実を、無意識のうちに軽視・無視してしまう認知の癖」である。

    若手も、ベテランも、このバイアスから自由ではありません。


    今回の事例では、ベテランは「これまでの経験では良くならなかった症例」を強く記憶し、それと合わない改善経過を過大に疑っています。

    一方で若手は、「ガイドラインや最近の研究で支持されている方法」という情報を重視し、個別症例としての違和感や例外の可能性を十分に検討できていません

    どちらも、自分の立場を支える情報には敏感で、反対側の情報には鈍感になっています。

    確証バイアスは、意図的なものではなく、真面目に考えているからこそ起きる点が厄介です。

    疫学的な視点は、
    「どちらが正しいか」を決める前に、

    何を根拠にそう判断しているのか

    一度、外に出して整理することを求めます。それができて初めて、議論は前に進みます。

     疫学的な考え方は、
    経験やトレンドを否定するためのものではなく、
    それらを一度、検証可能な形に置き直すための道具です。

    このブログでは、
    「エビデンスか、経験か」という二択を煽りません。

    その間にある考え方の整理の仕方を「疫学的な視点から」一緒に言語化していきます。 

    臨床では、毎日「判断」をしています。
    何をするか、何をしないか、どこまで介入するか。
    その積み重ねが、結果として患者さんの経過を左右します

    だからこそ大切なのは、自分なりの判断の軸を持っているかどうかです。
    年数や流行に流されず、「なぜそう判断したのか」を説明できる軸です。

    疫学は、その軸を作るための学問です。


    治療の是非を決め打ちするものではありません。
    判断に使っている論理を、少しずつ鍛えていく道具です。

    人は誰でも、判断を誤らせる「バイアス(このブログでも、今後、多く取り扱っていきます)」を持っています。

    経験が多くても、最新の知識があっても、例外ではありません。

    疫学では、そうした認知の癖に気づき、一度立ち止まって考え直す視点を与えてくれます

    また、臨床で扱う多くのデータは「観察された結果」です。

    疫学や因果推論は、その観察データを、できるだけ因果に近づけて解釈するための考え方を与えてくれます

    このブログでは、「正解を覚える」ことよりも、判断を支える考え方を増やすことを大切にします。

     

    「疫学で、リハビリは強く・楽しくなる!」

    迷ったときに立ち返れる軸を、一緒に少しずつ作っていきましょう。

    まとめ

    正しさは、経験年数や流行ではなく「なぜそう判断したか」を説明できるかで決まります。


    疫学は、治療反応結果の道筋を整理し、判断の軸を鍛えるための道具です。


    ・明日からは、主張の前に「その判断に至った論理」を一度言葉にしてみてください。

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